2017年08月 07月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫09月

2009.12.27 (Sun)

「子ども手当て」と「子どもの権利条約」


「子ども手当て」は、『所得制限するべきだ』『制限なしだ』としばらく騒いでいたが、首相の決断で、やっと所得制限なしで『全ての子どもに』となった。
私が、この所得制限なしの「子ども手当て」に賛成する理由は、その理念が「子どもの権利条約」に沿っているからだ。
しかし、自民党をはじめとする野党はもとより、与党内でも所得制限はするべきだという意見が多かった。
しかも、弁護士である社民党福島党首まで、早々と所得制限を言い出したのには呆れた。
日本は、この条約を批准するまでに4年以上かかっているが、その間、ずっとこの問題に取り組んできた日本弁護士会は別として、「子どもの権利」云々を声高に叫んでいたのは、革新系の政党や団体だったではないか。

「子どもの権利条約」は、1989年11月の第44回国連総会で採択され、日本は、1994年4月に批准した。(同年5月発効)
これは、「18歳未満の全ての人間を人権の主体としてみとめる」という条約である。
全ての人間を無差別平等に保障するという理念の「国際人権規約」(1966年)に基づき、“思想信条や集会、結社の自由”“選挙権”などを除く全ての権利を、子どもにみとめるというものである。
具体的には、「生命、生存、発達の確保」や「名前、国籍の取得権」、子どもの自立のための自己決定権を保障する「意見表明権」(子どもの責任も伴う)などで、日本ユニセフ協会では、簡単に、子どもの「生きる権利」「育つ権利」「守られる権利」「参加する権利」として表している。
また、保障の第一次的責任は親で、国はその親の生活等を支援するとなっている。
この条約を批准した時点から、日本がこの条約を守る義務を負ったということである。
この流れに中で、「子供」という表記から「子ども」へと変わった。
それは、子どもは「供」ではなく、一つの人権の主体であるとみるからである。
婚外子差別の問題や、国籍の父系血統制の改正なども、これらの流れの中で変えられてきた。
しかし、相変わらず日本の制度は「世帯主義」で、実質、子どもは親の付属物でしかなかった。

今回の民主党のマニフェストの「子ども手当て」や「高校の無償化」など、この条約に基づいた政策だと思った。
そして、条約を批准しながら、“日本の家族制度がどうの”だとか“教育に悪い”だとか散々反対してきた自民党が下野して、やっと日本の政治も、国の未来と子どもたちの未来をリンクして考えられるようになったかと思ったのだ。
しかし、すぐに福島氏から『所得制限する』という話が出てきた。
これは、社民党のマニフェストにある「親の格差を子どもに負わせない」というものにも反している。
なぜ、このようなことになるかというと、政府や政治家たちの頭の中に「子どもの権利条約」など毛頭なく、単なる貧困政策や少子化対策としか考えていないからだ。
今、子どもたちにきちんと手当てをしておかないと、日本の将来が危ないという危機意識がどこまであるのかも疑問だ。

ここ数年、子どもの無保険が社会問題になって、親が社会保険料を滞納していても、子どもには、暫定的に保険証が交付されるようになったが、親宛に通知を出すので、保険料の催促を恐れて取りに来ない親も多いという。
もし、政府に、自らが批准したこの「条約」に対する認識・理解があれば、子どもの「生きる権利」(病気や怪我の予防や治療を受ける権利など)に抵触するので、直ちに子ども宛に郵送するなり、何らかの方法が考えられただろう。
今秋の厚労省の調査で、日本の貧困化率(06年度の時点)は15.7%で約7人に1人が貧困という状況である。
子どもの貧困は約14%で、これらは、06年の時点での数字であるから、09年度はさらに貧困が加速していると思われる。
年収200万以下が、総労働人口の34%(3人に1人)に達している状況では、親の貧困で子どもたちの状況もさらに悪化している。
だからといって、所得制限を設けて貧困家庭に「子ども手当て」、その浮いた分を「保育所へ」、さらに「不妊治療へ」というのは、国の将来という理念やビジョンが抜けている。

子どもは親の付属物ではないので、親の収入や状況によって差をつけるのはおかしい。
子どもは、等しくこの国の未来を担っている。
その子どもたちを、社会全体で育て、支えていこうという考え方は、至極真っ当な国のあり方だ。
子どもの「社会保障を受ける権利」を保障するために、このマニフェストを作った人たちは、もっとこの理念を社会に訴えるべきだ。
また、国民は「配偶者控除」等が無くなって損だの得だのということを問題にしている場合ではない。
予算が足りないのはわかっているのだから、小泉元首相の我田引水の「米百俵」ではなく、これこそが「米百俵」の精神でみなが少しずつ我慢して、将来のために備えなくてはならない問題だと思うのだが。

国民新党の亀井氏は、「首相(大富豪)のお孫さんまで子ども手当てをもらうのはおかしい」と言っていたが、他人からではなく、自らの判断でもらう必要がなければ、児童福祉の分野に限定して寄付したらよいことだ。
首相は、自治体への寄付を受け付けるといっていたが、児童福祉の分野へ限定するべきだ。
「子ども手当て」に限らず、様々な子どもの問題に対して、政治家たちがもっと危機意識を持って、一日も早い対応をしてもらいたい。


23:00  |  政治  |  EDIT  |  Top↑
 | HOME |