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2008.06.21
ためいき
ため息をつくと幸せが逃げていくというが、このところ、ため息ばかりついてしまう。
肉体疲労と精神疲労に加え、思わぬところから手酷い仕打ちを受けて、怒りや憤りその他諸々の感情で立ち直れない状況であるにもかかわらず、日常は比較的平穏に過ぎていく。
約5年の歳月をかけて築いてきたものを、こちらが父の入院などで手が回らなかった間に無残にも崩され、無にされてしまった。
しかも、その事の重大さにも気がついていない最低の人間に憎悪を募らせているが、爆発もせず、よくもまあ自分を持ち堪えているものだと我ながら感心する。
何とか自分をなだめながら、出来るだけ睡眠をとるようにして体調不良はすこし回復したかのようにも見えるが、もしかしたら仮面うつ病ではないかとも思ったりする。
昨秋から何かと体調を崩したりしている父が、4月には心臓発作で救急搬送された。
その後を心配していたところ、5月の連休明けには、肺に水が溜まり肺炎で入院した。
父の90歳という年齢と体力精神力の衰えを考えると、これ以上のグループホームでの生活は無理と考え、急遽、介護付有料老人ホームを探した。
幸にも、父の収入で賄う事が出来る築半年のホームに空室が見つかり、しかも認知症OK、終末までの看取りや多少の医療行為、24時間対応の往診体制等があるので、そこへ入居する事にした。
当初は、実家へ連れ帰って、母と同じように自宅介護のメニューと往診医療、24時間見守りのセキュリティで余生を過ごさせようかとも考えた。
その方が、より父に合った生活をさせられるのではないかと考えた。
しかし、主治医はホームの方が良いというし、妹弟も自宅介護は反対なので、介護付老人ホームを探したのだ。
ワンルーム形式で介護を必要としない人たちも入居しているので、介護が必要な人は、それぞれにあった介護メニューを各居室で受ける。
介護者が一緒に入れるように、バスやトイレは広いし、家族が泊まれるように部屋も広い。
その代り備品は一切ないため、家具やテレビなどの家電はともかくとして、洗剤やスポンジに至るまでの新生活を送るための諸々の物を揃えなくてはならなかった。
冷蔵庫や洗濯機も据付けられるようになっていて、居室に洗濯機があればヘルパーさんが洗濯をしてくれる。それ以外は1回\1,000-で洗濯を依頼するのだが、実家のリフォームや母が亡くなった後の後片付けなどを経験した身としては、冷蔵庫や洗濯機の家電や大型家具の処分がいかに大変かわかっているので、洗濯は依頼することにした。
退院前日にグループホームからの引越しと入居準備、退院とそれからの諸々がほぼ終わって、これで父が環境に慣れてくれればと思ったのもつかの間、一週間を経ずして脱水症状で再度入院した。
それが元気になっていざ退院となったら、今度は軽い肺炎で退院は未定となった。
4月の救急搬送からの私のストレスと疲労は相当なもので、最近は、電話のべルが鳴ると、また父に何かあったのではないかと思うと、ドキドキして一瞬逃げ出したくなる。
他人は、今はやりたくない事はしないで、好きな事だけやっていればよいというが、まだまだ病院へは行かなくてはならないし、何かあれば呼び出される。
毎日の生活は、好きなことだけやっていられるわけではない。
最近の父は、他の兄弟に対する愚痴や亡くなった母への恨み言などが多く、認知症のためと理解していても聞かされるのは辛い。
以前は、自分の武勇伝や楽しい昔話(多分に架空の話)だったのに、今は嫌な話ばかりするようになった。
父には、最後まで出来るだけ楽しく暮らしていて欲しいと願っていただけに、それも不安の種だ。
また以前のように戻って欲しいと思うのだが、どうしたらよいのか解からない。
そこで、また深いため息をついてしまう。
ため息をつくことで、私の中のストレスや怒りや憤りが出て行ってくれればよいのだが。
2008.06.16
地獄の沙汰も性差別
超辛口で知られる高山正之氏の、先週の「週刊新潮」のコラム「変見自在」は、『やっぱりそうだったのか』と妙に納得した。
それと同時に、21世紀になっても司法の世界では、まだ男尊女卑とまでは言わないが、女性差別や女性に対するステレオタイプな見方が払拭されていないのだと思った。
コラムのタイトルは「女の地獄」で、同じような罪を犯しても、男女の差によって量刑の違いがあるというものである。
裁判には、裁判官の作った相場があって、「一人殺すと懲役10年前後で、裁判官は判決を、その7掛けにするのが基本相場」で、惨い殺し方か同情すべき点があるかで5%の増減をつけて判決を作るという。
不倫をなじられ妻をナイフで刺殺した夫は懲役7年、金の恨みから妻を鉄棒で殴り、半死にしてから灯油をかけて焼き殺した夫は、求刑15年の7掛けに惨さを5%プラスして懲役11年。
愛人を同居させ、日頃から妻に対して暴力を振るっていた夫が、妻をいたぶり、ついに殴り殺して、愛人に手伝わせて遺体をバラバラにした罪は、殺人の相場7年とバラバラにした3年で、日頃の暴力は不問にされて懲役10年だという。
遺体をバラバラにするというのは3年という相場だそうだ。
最近の事件で、お台場のマンションで同居の外国人女性を殺して、洗濯機で血抜きをした犯人がいた。
この変質殺人鬼は8年前にも同じ罪を犯したが、裁判で殺人の状況証拠は却下され、バラバラにした罪の3年と殺人は間違いないだろうということがプラスされて懲役3年6ヶ月だったという。
そして、また同じ罪を犯している。
前の事件で判決を確定した裁判官は、再犯の重大性を認識して、被害者や遺族、社会に対して謝罪しろと言いたい。
女たちは、生きている間は夫の不倫に悩まされ、暴力にさらされ、男の身勝手な理由で、挙句は惨い殺され方をしても、殺した男たちは、同じ男の裁判官によって刑を軽く済ませている。
同じような事件を起こしても、渋谷で夫を殺し遺体をバラバラにした妻と、同じ渋谷で妹を殺してバラバラにした兄に対して、裁判で下された量刑が倍以上も違った。
妻の場合、「夫からの絶え間ない暴力にさらされ、一時的な心神喪失の状態にあった」という検察、弁護側双方の鑑定結果が出ていて、「米国では判例として確定している『殴られる妻症候群』と同じ内容」であったが、裁判長は「職権でその鑑定をボツにして懲役15年にした」という。
兄の方は、懲役17年の求刑に対して、殺人は相場の7年、バラバラについては、「15にも切り分けた獰猛さはまるで別人」という鑑定結果採用して0、判決は妻の場合の半分の懲役7年である。
日頃から暴力を振るわれて鼻の骨まで折っている「殴られる妻症候群」の妻と、自分の進路を非難されて妹を殺した兄の量刑が倍以上も違うという、こんな不公平で理不尽な判決があってよいのだろうか。
また、96歳の母が知的障害の息子の先行きを思って道連れに心中したが、息子だけが死んで母は殺人罪に問われた。
その母を1年間拘留して、実刑3年の判決を出すという無慈悲な裁判官もいたという。
女は良妻賢母のステレオタイプに合わず、それから外れた者は厳罰に処すというわけか。
また、今日も夫の暴力で入院していた妻が、夫を殺すか自分が殺されるかの二者択一を迫られ、夫に渡された拳銃で夫を射殺した。
裁判官は、この妻に対してどのような量刑を科すのだろうか。
理不尽な男に殺されても、自分が罪を犯しても、今の日本は女の地獄が続いている。
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