父は、昨年末に退院してから、しばらくは落ち着かなかった。
環境には比較的順応性があるので、入院した時、自分でそこが“終の棲家”だと決めてしまったのだ。
また、ホームへ帰るのだといっても、次第にホームに居たことも忘れてしまっていた。
部屋へ帰って、やっとそこへ住んでいた事を思い出したが、病院の人の出入りの多い中に慣れてしまっていたので、静かな部屋に一人でいることが、きっと落ち着かず心騒ぐものがあったのだろう。
お正月には弟のところへ行くことになっていたが、その日まで待てなくて、朝から背広に着替えて出かけるといってはヘルパーさんたちを困らせる。
買い物や食事に行くといって出かけようとして、たまたまヘルパーさんたちの手が足りず、『少し待っていてください』と止められると、自分では一人で行けると思っているプライドの高い父は怒り出す。
怒り出すと、普段の人当たりのよさが豹変して『貴様、何をする』とか『うるさい!』などと睨みつけるので、ヘルパーさんたちの手に負えなくなると私のところへ電話をかけてくる。
とりあえず、電話を父に代わってもらって言い分を聞く。
父は、食事がつまらないから寿司を食べに行くつもりだとか、髭剃りの替え刃を買いに行くとか、そろそろ新しい服を買いに行こうとしたらヘルパーさんたちが訳のわからない事を言って止めると怒っている。
私は、父が何を言っても『そうねぇ〜そうねぇ〜』と同意しながら、ちょっとしたことでも大声で笑う。
最初は、わざとらしく少し気が引けるが、次第に父も楽しそうに笑い出す。
落ち着いてきたところで、父の興味のある話に変えていくと気が済んでしまう。
そんなことが続いて、だんだん元気がなくなってきた。
父の行く末を考えると暗澹たる気持ちになる。

いつの頃からか「痴呆(認知症)は神様の最後の贈り物」と言われるようになった。
十数年前、まだ私が40代半ばの頃だったと思うが、来るべき高齢化社会に向けてプラスイメージを与える言葉として登場した。
それは、死に対する恐怖や、これまでの人生であった嫌な事などを忘れてしまうからという理由である。
しかし、それは実体験ではなく、学者だか医療関係者の机上の空論でしかない。
人間の心の複雑さを考えない、何と不遜で軽薄な言葉だろうか。
その「贈り物」に支払う代償は、とても大きくて残酷なものだ。
他の人は知っているのに自分は忘れている・記憶がないという不安や、自分の事を解ってもらえないという怒りや理不尽さを引き受けなければならないという代償だ。
また、一方で、何もかも諦めて自分のからに閉じこもるしかないという代償もある。
そんなものを、「神様の贈り物」と言う人間を、私は許せないと思う。

姑は90歳まで毎朝ゲートボールへ通う元気でしっかりした人だった。
ある日、そのグループ内のちょっとしたトラブルから、自分の仲の良い友人たちがすでに誰一人いないことに気がついた。
70代の人たちの中で、90歳になってもなお現役を張っている自分が、メンバーの目の上のコブだった事に気づかされた。
それから家に引きこもるようになって、軽い認知症になった。
それから間もなくして、二十数年前に亡くなった友人の家を訪ねて、途中で道がわからなくなりうずくまっているところを家族が見つけた。
それ以来、認知症が進み、身体的にはどこも悪いところはなかったが、自分では何も出来なくなって寝たきりで94歳で逝った。
姑は元気で長生きしたけれど、夫はすでに逝き、友人たちも逝き、気がついたら社会的には独りぼっちになっていた。
それで、生きることに絶望して、現実逃避から認知症になってしまったのではないかと思った。

亡くなる3ヶ月くらい前のこと、姑と二人きりの時だったが、私はその時なぜか姑に『早く春が来るといいわね。暖かくなったら、外へ行きたいわね。ねぇ〜』と繰り返していた。
姑はすでに殆ど喋らなくなっていたので、返事を期待したわけではないが、隣家の庭の盛りを過ぎた紅梅を見ていて、何だか堪らなくなって独り言のように言っていたのだ。
姑を見ると、姑は車椅子の上でそれまでぼんやりと床を見つめているだけだったが、私を見て、はっきりした口調で『私のこと?』と聞いてきた。
そして、『それより、先ずこの体を何とかしなくちゃね』と自分の体を見て言った。
主治医が言うように重度の認知症だったのか、それほどのことはなかったのか、たまたまあの時だけ意識が覚醒したのか、今でもわからない。
しかし、あの時点で姑は、一瞬でも動かない自分の体を何とかしようと思った。
認知症が本当に「神様の贈り物」だったら、姑はもっと違うことを言ったはずだ。

父は、口うるさい母の文句から逃れるために認知症になった。
認知症予防のプログラムはいろいろあるが、それだけでは防げないメンタルな部分での原因も大きいと思う。
以前からの知り合いの協力者のお陰で、父を少し外に出す試みを始める事になった。
これで、少しでも元気になってくれればと祈るばかりである。
そのような親を見守るという心の痛みや、自分の行く末に「贈り物」が待ち受けているかもしれないという漠然とした恐怖を、受け止めるしかない今日この頃だ。