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2007.12.11
アルバムの効用
12月も湯治に行って冬を乗り切ろうと思っていたら、先月末から父が体調を崩し、今月の初めから入院してしまった。
父が体調を崩した日、私は前日から右掌の中指の関節と腱の炎症がひどくなり、手の甲まで腫れて来たので病院へ行っていた。
原因は、手の使い過ぎと十日以上も続けた庭仕事のせいなので、自分が思っている以上に体のあちこちが弱くなっているようだ。
病院では、患部にレーザーを当てたり、エコーを当てたり、電磁治療をしたりしたが、一週間は痛みが取れないと言われ、当分手は使ってはいけないとのことで、中指から掌の中心にかけて添え木?で固定してもらった。
家へ帰ったら妹からのメールが届いていて、私が留守だったために父の入居しているホームから呼び出されて来ているが、父の体調が悪いのでこれから病院へ連れて行くというものだった。
とりあえず、ホームへの電話で状況を確認し、妹に任せることにした。
その後、妹から電話があり、どうやら入院させる事になるという。
私は右手が痛くて、しかも中指と掌を固定されているので自分自身の日常も不便な上に、父が入院という事になるといろいろやらなくてはならないことが出来ずに大変困るので、添え木を外してしまった。
そして、患部を冷やすために、家にあった子ども用の熱救急シート「冷えピタ」を掌と甲の両側に張り、温まると何度も張替えていたら、翌日の午前中には殆ど痛みが取れていた。
シートを張ることによって適度に固定されていたのと、アロエやハッカ、ローズマリーやクラリセージなどの消炎効果のあるハーブ成分も含まれていたのがよかったのかもしれない。
父が入院してから、毎日病院通いをしている。
一時は、殆どベッドでうつらうつらしているという状況で、認知症もどんどん進んで、このまま全くわからなくなってしまうのかと大変心配した。
父は、元気な頃は旅行好きで、北は北海道から南は沖縄まで、いろいろなところを旅行しては写真を撮っていた。
地元の信用金庫などが募集するツアーや老人会のツアーなどが多かったが、それを場所と日付ごとにアルバムに整理してあった。
母が亡くなった後、実家を整理した時はあまりの多さにうんざりしていたが、今回、そのアルバムが、父の記憶を少しでも甦らせるのに役に立った。
最初は、何かにつけて『記憶がないんだ』と困った顔をして、母の写真を見ても『これは誰だ?』と聞いて、暗澹たる思いがしたが、写真を置いていったら、翌日には思い出していた。
そして、徐々に自分が老人会を組織して、会長をしていた事も思い出した。
老人会のクラブで、踊りを習っていた事も思い出した。
アルバムを見ている父はとても楽しそうで、こちらも楽しくなる。
今日は、新婚時代の事を思い出して、祖母(母の母)の事も思い出していた。
父は、この祖母に気に入られていて母と結婚したのだ。
しかし、三日前に見舞いに来た弟のことは、来た事を全く覚えていないで、しきりに『見舞いに来るよう言ってくれ』と言う。
それでも、過去の楽しい事を思い出したのなら、それでよいと思う。
私は、自分自身が写真に撮られるのが嫌いだ。
私の撮る写真は、今まで桜とか風景ばかりで、人物は出来るだけ入れないようにしていた。
しかし、父を見ていて、これからは人物も沢山入った状況のわかる写真も撮っておかなくてはと思った。
将来、自分が惚けて記憶が薄れてきた時のために、そして、私を介護するかもしれない家族のためにも残しておこうと思った。
夫と出かけると、いつも『人が写ってないからどこの写真だかわからない』と言って、私が撮る被写体に割り込んでくる。
これからは、大いに撮ってあげよう。
そして、私もたくさん写してもらおう。
自分の写真を見るのは、四六のガマのように脂汗タラタラだけれど。
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